想い


はじめまして。ここからプロジェクト代表の伊藤です。

私の活動のきっかけ、想いについて書かせていただきます。

私は2002年から2005年頃にかけて引きこもりや不登校の若者・子どものサポートをする活動を個人でしていました。不登校の子はまさにリアルタイムで生きづらく、引きこもりの20代・30代の方の多くはイジメや学習の遅れなど学生時代に生きづらさのきっかけがありました。

10年ほど前、私には結婚を考えていた女性がいました。彼女は幼いころに虐待にあっていて、その影響で境界性パーソナリティ障害という心の病を抱えていました

数年前、私は養育困難家庭の子どものサポートをしていました。養育困難とは虐待やその恐れのある家庭を意味します。愛着障害を抱えるなど幼くして心に不安定を持つ子にたくさん出会いました。

数年前から現在も私は精神障害者の暮らしている施設で働いています。入所する方の多くは40代以上の方ですが、多くの方が子どもの頃からイジメ、虐待、貧困などの生きづらさを抱えていて引きこもってしまったり、長期の入院を経験してようやく社会復帰の準備を始めようとしています。

近年『子どもの貧困』がメディアなどで取り上げられるようになりました。関心があることは悪くありません。「スマホを持っていたら貧困じゃないだろ」といった貧困に対する認識の違いからくる誤解も指摘され始め、例えば友達との交際費などは何とかなっても塾に行けない・行きたい学校に進学できない・修学旅行に行けない・・・などの状況が起こるのが日本の貧困だと指摘されるようになり徐々に理解も広まりつつあります。

しかし個人的に言わせていただければ

『貧困だと○○に不自由になる』といったことは解説されても

『〇〇のために貧困になった』という原因の部分の理解・検証はまだ不十分だと思います。

それは上記に記した”引きこもり・不登校””メンタルヘルス””いじめ””虐待”すべてに言えることだと思います。

これらについて、どうしてもまだ『怠けているから』『弱いから』『いじめる奴は最低だ』『虐待する親には同じ想いをさせろ』

そんな意見が少なくないと思います。

しかし個人に原因や責任をあてはめることで状況はよくなっているでしょうか?

子ども達の生きづらさは解消されたでしょうか?

一つ一つの事象は細かく分析する必要もあるでしょうが、大枠で私が感じることがあります。それは

子どもの生きづらさは大人社会の責任である

ということです。

もっと大きく言えば世界中の大人が価値観を変えるべき時なのだと思います。

といっても昔から子どもの生きづらさは存在したと思います。

しかし核家族化、IT化で個人情報に対し繊細になっている現代では人間関係が希薄であるためにその生きづらさが見えづらくなりました。

そして子ども達は抱え込みます。

それを乗り越えるために無意識に子ども達は社会に答えを求めます。

ネットをする子はネットに答えを求めます。

その答えを求める大人社会は・・・ネットの世界はどうでしょうか?

一見、「皆で力を合わせよう」「絆を大切に」と言いながら

自分と違う思想、地位、人種、性・・・そういったものを叩くことで自らの正当性を表したりしていないでしょうか?

「平和だ」と言いながら

争いを繰り返してはいないでしょうか?

どうでしょうか?もちろんこれは私の一主張でしかありませんが世界は大人社会は言行相反をおこしてはいないでしょうか?

昔は生きづらさを感じても多くの家族が親友と呼べる友が「大丈夫」と支えることができたのではないかと思います。けれど今は先に書いたように生きづらさが見えづらい。

だからこそ大人社会は、世界は・・・子ども達にあるべき姿を見せていく必要があると思います。

言行相反から言行一致へ。

平和とは戦争の在る無しではなく、すべての主義思想、地位、人種、性・・・多様性を。

「あなたはあなたのままでいいんだよ」

と認めあえる社会だと思います。

今ここから創りましょう。

それが私のここからプロジェクトへかける想いです。



ここからプロジェクト
代表 伊藤由宏
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